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闇の支配層3

A級戦犯絡みでは 国際勝共連合 を語らねばなりますまい。

 ウィキペデアを調べてみる。(国際勝共連合)

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%8B%9D%E5%85%B1%E9%80%A3%E5%90%88

 2年前、私がウィキを閲覧した時から、大分トーンダウンしています。
 岸、笹川、児玉と、文鮮明、久保木修己が、ガッチリ握手している写真が削除されています。

 トーンダウンはしていますが、以下の記事から、みんなの党と 統一教会の関係がうかがえます。
幸福の科学や、創価学会党や共産主義党や みんなの党などの宗教がらみの連中は耳障りの良いことしか言いませんね。

   カルト宗教がらみの政党に投票しては 絶対いけません!

  以下ウィキペデアより一部転載

日本においては、戦後の日本を「共産主義に対する防波堤」と位置づけるアメリカの対日政策の転換もあり、岸信介・笹川良一・児玉誉士夫らが勝共連合の設立に尽力したとされる。

活動 [編集]
国際勝共連合は共産党と共産主義の欺瞞と間違いを明らかにすると主張しており、創設直後から共産主義者同盟、共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派など共産主義系の組織に対抗した活動をして来た。 その主張から世界各国の反共・保守派要人と交流を持つ。「新しい憲法を作る国民大会」に賛同的であるなど、日本の「憲法改正」や核武装化を主張する[3]。国家秘密法(スパイ防止法)制定推進に熱心であり、「スパイ防止法制定促進国民会議」を組織した。冷戦終結により、中国などを例外として国家体制としての共産主義は終焉したが、共産主義は家庭的次元において、過激な性教育や、ジェンダーフリーなどに姿を変えて、日本の伝統基盤を根底から崩壊させようとしているとして、これらに対する批判を展開している。

統一教会との関係 [編集]
統一教会は国際勝共連合を対外的には“友好団体”と説明しているが、歴代会長の全員や役員の多くは統一教会の幹部であり、活動する会員も統一教会の信者であることが多いため統一教会の事実上の下部組織である。

1977年1月21日に、統一教会幹部らが、外為法違反容疑で起訴された神戸での裁判では「(国際勝共連合は)その思想と活動方針の発祥地は韓国であること、従って、統一教会と国際勝共連合は、団体としては別個のものではあるが、思想的には相連結するところがあって、統一教会の代表役員(会長)である久保木修己が、同時に勝共連合の会長の地位に就き、前記のように被告人石井が「統一教会」と「勝共連合」の渉外、財務の職責を兼ねて担当し、…」と判断されている。

政界との協力関係 [編集]
国際勝共連合は、日本での結成に岸信介などが大きく関与したことから、自由民主党の有力な支持団体の一つで、会員を国会議員、公設私設の秘書として送り込み、こうした支援する議員は、勝共推進議員[4]と呼ばれている。特に、保革伯仲時代と言われた、1970年代から1980年代にかけて選挙応援を通じて保守層に喰い込み、勝共連合の動きが目立ったとされる。

例えば、岸の娘婿で、安倍晋三の父でもある安倍晋太郎も勝共推進議員名簿に名を連ね、教団も安倍晋太郎政権の実現のために積極的に動いた時期があり、安倍と統一教会は、その意味では“祖父の代から脈々と続く関係”と指摘する人間もいる[5]。

1975年の東京都知事選挙では、朝鮮総聯の影響下にある朝鮮大学校を認可した当時の東京都知事美濃部亮吉の3選を阻むため、若いメンバーが大量に動員されたとされる。

また、1986年7月の衆参同日選挙では、150人の衆参両院候補を応援、自民党、よりタカ派の民社党(当時)などの134人を当選させた、としている。同連合が発表した名簿には、松永光(自民党スパイ防止法制定特別委員長)、森清、箕輪登(当時の自民党衆議院議員)らが含まれていた。同連合の機関紙「思想新聞」によると、選挙後には、これらの各勝共推進議員一人ひとりに勝共理念の研修を受けてもらったという。その結果、134人全員が勝共理念を理解し、国会議員のそれぞれの地元でも勝共連合支部との関係が密接になった、と伝えている[6]。

1986年、1990年、1993年の衆議院議員総選挙で旧大阪3区から出馬(1990年は自民党公認)し、落選した阿部令子は、霊感商法の霊能者役であり合同結婚式に参加した教会員で渡辺美智雄元秘書だったとされている[7]。1990年総選挙での自民党追加公認に関しては「公認は渡辺(美智雄)氏らが強引に押し切った」[8]とされ、地元大阪府連の強い反発を受けた。なお、「霊感商法などで問題になっている統一教会との関係」が他党(共産党)のビラなどで指摘されているが、候補者本人は「支援は受けているが会員ではない」[9]と歯切れの悪い回答を残している。ちなみに、自民党追加公認となった1990年総選挙では次点、無所属での出馬となった1986年・1993年総選挙は最下位落選であった。
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